ずいこんの政治・ニュースブログ

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大野もとひろ誕生。地元川口の高校生の視点から埼玉県知事選の感想


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タブルスコア、トリプルスコアとも言われながらまさに猛追と言われる勝ち方で埼玉政財界人チャリティ歌謡祭大トリ4年間出場権と埼玉県知事の椅子を勝ち取った大野元裕新知事誕生で政治関連アカウントは少し賑やかになっていたあの25日から5日が経とうとしています。
野党共闘の成果だ!アベ政権への審判だ!なんて仰る方もチラホラ。
しかしそれはどうかな、と言うのがずいこん個人の見解です。
では地元民から見た埼玉県知事選挙を訥々と綴って参ります。

 

1 ~川口市民の意地と敵討ち~

埼玉県民は翔んで埼玉でも分かる通り比較的愛郷心にかける民族だと言うのが俗説でございます。
埼玉都民という言葉もある通り、巣として機能しているという一面もあるのかもしれません。
但し、この愛郷心はねじ曲がった形であるのが埼玉県民なのでは無いか、と思います。

川越VS所沢、浦和VS大宮、更には浦和VS大宮VS川口と言う三つ巴の争いがあったりします。
まぁ最多人口、大ターミナル駅、県庁と各機能が各々有るのでこの様な鍔競り合いがあるのでは無いかと愚考しています。
そして今回の知事選で大野陣営の大票田となった川口市、実は出身知事を一度も輩出した事が無いんです。
しかし一度だけ、一度だけ悲願の川口市出身知事の夢を叶えかけた瞬間が有りました。
時は1972年。栗原県政が終わりを迎えようとしています。
この中で70~60代の方だとご存知かもしれませんが当時は革新ブーム大旋風が吹き荒れていました。

しかしそこで埼玉自民党は栗原浩知事の後継候補が二分します。
大塚茂副知事を擁立すべきとする勢力と大野元美川口市長を擁立すべきとする勢力に分裂してしまいました。

何とか元美市長を自民党候補に一本化する事に成功はしましたが、当時の革新旋風と分裂しかけた遺恨からか元美知事は誕生ならず選挙は終え、元美候補は川口市長に返り咲きました。
通算6期、22年という歴代最長の長さ川口市長を務めた間に、集票マシーンとして川口自民党とまで言われた自由民主党川口支部を組織し、川口市を発展させこの世を去りました。
しかしなんと生誕100年に名誉市民として讃えられ記念イベントとして大野元美生誕100周年記念」感謝の集いというイベントが行われるくらい地元からは愛される首長だった、と言えるでしょう。

そして時は流れ2019年。当時市長の入院中看病をしていた少年は育ち、埼玉県選出参議院議員として活躍していました。

それが皆様ご存知、大野元裕新知事です。2019年5月23日。上田清司知事が出馬するか否かで埼玉県中が注目している中、彼は川口自民党の支持団体であり、会頭自らも自民党員である川口商工会議所の児玉会頭から埼玉県知事出馬要請を受け取ります。
この時点で商工会議所は大野元裕新知事誕生に向け動き出し、地元選出である新藤義孝埼玉県連会長に向け自由民主党推薦候補として大野元裕候補を出馬させる様嘆願書まで出しています。

しかしながら自民党埼玉県連は独自候補擁立に動き、県連会長と大野元裕候補双方の地元である川口市では分裂選挙が決定したのでした。

地元有権者からすると大野元美市長の敵討ちだ、と言う形の民意が生まれ始めていました。大野元裕候補と児玉会頭の2連ポスターと言う異例のポスターが地元商店街や工場にびっちりと貼られ始め、川口から知事をと言う世論が高まる様を感じつつ有りました。

そして大野陣営もかっぱのもっちゃん、というキャラの活用を始め祖父と孫というエピソードのビラ配布等大野元美後継候補なんだと言うことを地元川口市民にアピールする戦法を取り始めています。

このもっちゃんというキャラ、実は1972年埼玉県知事選挙における大野元美候補のキャラクターを多少現代風にデフォルメしているキャラなのです。
大野元美市長は水泳の選手としても活躍されており、そのためかっぱのキャラクターを使ったという経緯がありました。完璧に地元は大野元裕候補に流れた、と言っても過言ではありません。

しかし、これだけで地元川口市民が大野元裕候補に流れたとは思っていません。メディアはあまり触れていませんがもう2人の川口市長が関わっているのではないか、と言うのがずいこん見解です。

 

2~岡村票の存在 川口自民党が恐れた岡村市長の影~
時は2013年に遡ります。5期目の当選を迎えた岡村幸四郎市長が12月に急逝してしまいました。

この後行われた市長選挙では奥ノ木信夫市長が選出されるのですが、地元で噂されていたのは岡村幸四郎市長後継候補の存在でした。上記の通り強固な川口自民党が支持し続けた岡村幸四郎市長の強固な後援会を活かし、誰かが出るはずだと。
そして2015年。いつも通り自民党がトップ当選と思われていた市議選に激震が走ります。
新人、無所属で出馬した候補が2位とダブルスコア以上の票差でトップ当選を果たしたのです。
11,883と 4,148が1位と2位の差という異例の大物新人候補、それが岡村幸四郎市長のご令嬢である岡村ゆりこ市議でした。
その後4年間無所属を貫き2019年、満を持して埼玉県議選に名乗り出ました。7人の中で自民が3人、公明が2人当選する選挙区です。その選挙区またしても異例の票差を持ってトップ当選を果たしたのが無所属新人候補、岡村ゆりこ県議でした。1位32,215、2位が19,797という票差からもお分かり頂けるでしょう。

その地元に根差した岡村幸四郎市長票を元に精力的な活動で地元から強固な支持を受けた岡村ゆりこ県議。知事選では大野元裕候補の

県政躍進地方議員の会と言う地方議員による応援団が設置された際に事務局長を務められ、川口街頭演説では長時間演説にビラ配りをされていました。地元票が大野陣営に入る更なる要因としてさらにプラスになったのがこの岡村票でしょう。

そして先程申し上げた「あと2人」。もう1人の川口市長が大野元裕陣営に関わっています。

3~川口自民党大分裂 現職市長の覚悟~
現職の奥ノ木信夫市長です。自民党公明党・連合埼玉推薦で当選し、自民党川口支部顧問を現職で務めているバリバリの川口自民党市長です。どちらの陣営にも顔を出し中立派としていた様に見えました。しかし大野元裕候補打ち上げ式では支持を必死に訴え、川口駅街頭演説では大野元裕新知事誕生を強く強く呼びかけていました。
演説するとやはり地元市長と言うだけあって挨拶されまくってました。
この選択で自民党埼玉県連との関係も悪化しかねない選択でしたが、無事川口市から埼玉県知事を誕生させた奥ノ木信夫市長の完勝と言えるでしょう。

長々と自説を書き連ねていますが、結論しては私はこう申し上げたい。
大野元裕新知事は地元に根ざした候補であり、自民党をも割れさせた候補であった、と言うのが勝因の1つだと。
そして歴代川口2市長の思いと現職川口市長の意地こそが川口出身知事誕生に大票田として機能させた要因として大きな面がある事は確かな事実です。

今後も新藤義孝埼玉県連会長・川口支部長の去就や大野元裕新知事と埼玉県議会の関係、補選と目を離せない埼玉県政局。地元民の皆様はダ埼玉と言われないようにもこれを機に埼玉県政にもご関心を持ち投票率を上げて下されば幸いです。

 

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